2008年 04月 16日
犠牲有限度 |
よく耳にする犬や猫への虐待。
香港でも先日、若い人たちが笑いながら逃げ惑う猫を追いかけて
撲殺するという事件が起きた。
まだマシなのか?と思うのは、「またか」というあきらめの声ではなく
「なんてひどいことを」と、その行為を異常だと感じる人や報道が多いこと。
こうした虐待。
けれども、この世で起きる動物の虐待の80%は実はFARMで起きているということ。
犬と暮らしはじめて、はじめて知った捨て犬や繁殖犬などの残酷な現実。
それは頭をガツンと殴られたような感じであった。
そして、何度か書いたこともあるけども、こうした犬問題から自然と行きつくのが
屠殺場での想像を絶する現場。
かわいそうだとか、怖いとかそんな生ぬるい問題じゃない。
人間をやめてしまいたいほど、どうしようもなさに心臓がのどから
出るのではないかというくらい、体がこわばり、息もできず、戦慄する。
スーパーに出回る4切れほどの豚のフィレ肉が10ドルちょっと。
(今はもっと高いはずであるが、1~2年ほど前はこれくらいの
値段でローカルスーパーでがんがん出回ってたと記憶する)
おかしいではないか?
これだけの肉の量なのに、なぜこんなに安いのか?
薄利多売、コストは最大限に抑えられる。
人はその恩恵に預かり、その犠牲は家畜と呼ばれる動物にいく。
どうしようもなく暗く、それは日中の現実生活にも影を落とすほどであった。
だから私は肉を食べるのをやめた。
肉をやめようとして、気づく。
いかに肉が自分の生活に入り込んでしまっているか。
無理をしないように、でもできることから続けていくことにした。
最初は家では肉をやめること。
外食で、特に接待がらみのときなど、周りの雰囲気があるときには
食した。
*今はたぶん98%は肉なしであると思う。
2%というのは、まれに外食して肉抜きで頼んだのに、間違って入ってしまったものは
これは残すほうが罪深いような気がして、いただくことがあること。
あとは気づかずに、たとえばお菓子のグミとか、なんらかしかの動物成分が入ってる
ものもあるから、100%ではない。
誤解ないように伝えたいのが、さまざまな動物福利を訴える
団体が言いたいことは、今すぐ肉食をやめろということではない。
もちろん、一番いいのはベジタリアンが増えることではあるが、
すべての農場に屠殺をやめろと言ってるのではない。
それは、どうしても必要なものならば、せめてその恐怖を痛みを
最小限にしようということなのである。
電気ショックを与えて、完全に意識を失ってから放血とある法律もある。
ではあるが、現実は恐怖で逃げる動物を蹴り、意識のはっきりしたままで
喉を切り(その際上あごを鉤のようなものでこじ開けられる)、放血させ、
そのまま片足を結ばれぶら下げられる。
もだえ、苦しみ、痙攣し、その状態のまま死に至るまでに数分、数十分もかかる。
この一連の写真。
写真だから声も聞こえないし、動きもしない。
けれど実際はこの世のものと思えぬほどの恐怖の声を
振り絞り、苦しみもがく彼らの叫びがあるのである。
肉食がどうだとか、バランスのいい食事だとか、そんなことは
どうでもいい。人間としてこんなことをしてはいけないんだと心の底から思う。
動物よりもちょっと器用な手足や頭脳を持った人間はえらいのか?
では、偉いのであれば、なぜ自分よりも弱いものたちに不必要な痛みや恐怖を与えるのか?
この現実を知ってしまうと、もう見なかったことに・・ということはできなかった。
香港では市場に行けば、はっきりと動物のどの部分かわかる状態のままで
店先にぶら下がってる場合が多い。
これをはじめて見たとき、私は怖いとか汚いとか、グロいとか思わなかった。
「ああ・・・私は豚を牛を食べてるんだな・・」と、スーパーのきれいなパック詰めでは
思わなかったであろう、命を食べているという意識。
私たちと同じように息をして、赤い血が流れているんだと、当たり前のことなのに
意識していなかった、大事なことを思い出させてくれた。
床を流れる血は汚いか?
でも、私たちはその血を流すものを、自分の手を汚さずに食べている。
這是虐殺動物 不是肉品生產!每年超過600萬頭豬被殘忍虐殺 給豬一個「好死」有這麼難?(これは食肉の生産ではなく、動物虐殺である。毎年600万頭以上の豚が残忍に虐殺されている。1匹の豚に楽な死を・・というのはそんなに難しいことなのか?)
これは台湾での屠殺の現場の動画。
オートメーション化の進化による悲劇。
この動画に扇情的なシーンがあるわけではない。それは淡々と進められる「作業」であるがゆえによりいっそう残酷である。この世の存在する地獄、まさしく地獄。
こうした話題は歓迎されないのは知っている。
私はペット愛好家でもないし、狂信的動物保護論者でもない。
でも、人が生きていく上でどうしても必要であるならば、人間以外の命に対して
やはり尊厳を・・・と思うのである。
豚だから、牛だからいいのか?
私は、こうしたビデオや写真を見ると、どうしても「もしわが子だったら・・・」と置き換えて
しまうのである。恐ろしい光景・・・・・
こうした問題は私にとって、深くそして非常に深いところに
貼りついてしまって離れないもの。
無力な己である。けれど「仕方ないし」、「自分には何もできないし」で済ますほうが
つらく、しんどいのである。
できることは、できるだけ署名運動に参加したり、**肉を食べない、動物実験された製品は使わないとか、ファーは買わないとか、そういうこと。
生活上矛盾のあるところもあるであろうけど、できるところから確実に少しづつでも
いいからやっていきたいなと思う。
*今はたぶん98%は肉なしであると思う/外食時にどうしても避けれない場合があるため。ちなみにチーズや卵、ヨーグルト、そして海鮮はまだ食している。ではあるが、昔に比べればかなり減った。
**肉を食べないということ/はっきりいってお肉を食べていたころより、今のほうがずっと調子がいい。これはたぶんベジをしている人なら実感されていると思う。
ちょっと風邪気味か?というときでもたいていは1日寝れば治るし、毎月の肌のトラブルもなくなった。体調が悪くて何日も寝込むということはない。
何よりも体が軽い。会社を辞めて、自宅勤務になってから、恐ろしく運動量は減ったわけであるが、体重もサイズも以前と同じままであったりする。1日平均睡眠時間4-5時間、これでもすこぶるパワフルなのは今の食生活のおかげであると思う。
@文中の写真、動画は台灣動物社會研究會 Environment & Animal Society of Taiwan (EAST)の新聞稿より引用。
「はっちゅうアルバム」
このまま終わろうかとも思ったけども、
やっぱりそれではどんよりだわね。
ましてや週中水曜日・・・・
駆けるボク
L M S SS 大集合
人はみんなやさしいと思っている ちょっと疲れ気味なはっちゅうくん
だうとは対照的な・・・・・あ・・・・・・
そんなだうとひょこりはっちゅうくん
小黄と
親子像
翔る翔るはっちゅうくん・・・・・・
今日の六福動物指数
犬 9匹
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香港でも先日、若い人たちが笑いながら逃げ惑う猫を追いかけて
撲殺するという事件が起きた。
まだマシなのか?と思うのは、「またか」というあきらめの声ではなく
「なんてひどいことを」と、その行為を異常だと感じる人や報道が多いこと。
こうした虐待。
けれども、この世で起きる動物の虐待の80%は実はFARMで起きているということ。
犬と暮らしはじめて、はじめて知った捨て犬や繁殖犬などの残酷な現実。
それは頭をガツンと殴られたような感じであった。
そして、何度か書いたこともあるけども、こうした犬問題から自然と行きつくのが
屠殺場での想像を絶する現場。
かわいそうだとか、怖いとかそんな生ぬるい問題じゃない。
人間をやめてしまいたいほど、どうしようもなさに心臓がのどから
出るのではないかというくらい、体がこわばり、息もできず、戦慄する。
スーパーに出回る4切れほどの豚のフィレ肉が10ドルちょっと。
(今はもっと高いはずであるが、1~2年ほど前はこれくらいの
値段でローカルスーパーでがんがん出回ってたと記憶する)
おかしいではないか?
これだけの肉の量なのに、なぜこんなに安いのか?
薄利多売、コストは最大限に抑えられる。
人はその恩恵に預かり、その犠牲は家畜と呼ばれる動物にいく。
どうしようもなく暗く、それは日中の現実生活にも影を落とすほどであった。
だから私は肉を食べるのをやめた。
肉をやめようとして、気づく。
いかに肉が自分の生活に入り込んでしまっているか。
無理をしないように、でもできることから続けていくことにした。
最初は家では肉をやめること。
外食で、特に接待がらみのときなど、周りの雰囲気があるときには
食した。
*今はたぶん98%は肉なしであると思う。
2%というのは、まれに外食して肉抜きで頼んだのに、間違って入ってしまったものは
これは残すほうが罪深いような気がして、いただくことがあること。
あとは気づかずに、たとえばお菓子のグミとか、なんらかしかの動物成分が入ってる
ものもあるから、100%ではない。
誤解ないように伝えたいのが、さまざまな動物福利を訴える
団体が言いたいことは、今すぐ肉食をやめろということではない。
もちろん、一番いいのはベジタリアンが増えることではあるが、
すべての農場に屠殺をやめろと言ってるのではない。
それは、どうしても必要なものならば、せめてその恐怖を痛みを
最小限にしようということなのである。
電気ショックを与えて、完全に意識を失ってから放血とある法律もある。
ではあるが、現実は恐怖で逃げる動物を蹴り、意識のはっきりしたままで
喉を切り(その際上あごを鉤のようなものでこじ開けられる)、放血させ、
そのまま片足を結ばれぶら下げられる。
もだえ、苦しみ、痙攣し、その状態のまま死に至るまでに数分、数十分もかかる。
この一連の写真。
写真だから声も聞こえないし、動きもしない。
けれど実際はこの世のものと思えぬほどの恐怖の声を
振り絞り、苦しみもがく彼らの叫びがあるのである。
肉食がどうだとか、バランスのいい食事だとか、そんなことは
どうでもいい。人間としてこんなことをしてはいけないんだと心の底から思う。
動物よりもちょっと器用な手足や頭脳を持った人間はえらいのか?
では、偉いのであれば、なぜ自分よりも弱いものたちに不必要な痛みや恐怖を与えるのか?
この現実を知ってしまうと、もう見なかったことに・・ということはできなかった。
香港では市場に行けば、はっきりと動物のどの部分かわかる状態のままで
店先にぶら下がってる場合が多い。
これをはじめて見たとき、私は怖いとか汚いとか、グロいとか思わなかった。
「ああ・・・私は豚を牛を食べてるんだな・・」と、スーパーのきれいなパック詰めでは
思わなかったであろう、命を食べているという意識。
私たちと同じように息をして、赤い血が流れているんだと、当たり前のことなのに
意識していなかった、大事なことを思い出させてくれた。
床を流れる血は汚いか?
でも、私たちはその血を流すものを、自分の手を汚さずに食べている。
這是虐殺動物 不是肉品生產!每年超過600萬頭豬被殘忍虐殺 給豬一個「好死」有這麼難?(これは食肉の生産ではなく、動物虐殺である。毎年600万頭以上の豚が残忍に虐殺されている。1匹の豚に楽な死を・・というのはそんなに難しいことなのか?)
これは台湾での屠殺の現場の動画。
オートメーション化の進化による悲劇。
この動画に扇情的なシーンがあるわけではない。それは淡々と進められる「作業」であるがゆえによりいっそう残酷である。この世の存在する地獄、まさしく地獄。
こうした話題は歓迎されないのは知っている。
私はペット愛好家でもないし、狂信的動物保護論者でもない。
でも、人が生きていく上でどうしても必要であるならば、人間以外の命に対して
やはり尊厳を・・・と思うのである。
豚だから、牛だからいいのか?
私は、こうしたビデオや写真を見ると、どうしても「もしわが子だったら・・・」と置き換えて
しまうのである。恐ろしい光景・・・・・
こうした問題は私にとって、深くそして非常に深いところに
貼りついてしまって離れないもの。
無力な己である。けれど「仕方ないし」、「自分には何もできないし」で済ますほうが
つらく、しんどいのである。
できることは、できるだけ署名運動に参加したり、**肉を食べない、動物実験された製品は使わないとか、ファーは買わないとか、そういうこと。
生活上矛盾のあるところもあるであろうけど、できるところから確実に少しづつでも
いいからやっていきたいなと思う。
*今はたぶん98%は肉なしであると思う/外食時にどうしても避けれない場合があるため。ちなみにチーズや卵、ヨーグルト、そして海鮮はまだ食している。ではあるが、昔に比べればかなり減った。
**肉を食べないということ/はっきりいってお肉を食べていたころより、今のほうがずっと調子がいい。これはたぶんベジをしている人なら実感されていると思う。
ちょっと風邪気味か?というときでもたいていは1日寝れば治るし、毎月の肌のトラブルもなくなった。体調が悪くて何日も寝込むということはない。
何よりも体が軽い。会社を辞めて、自宅勤務になってから、恐ろしく運動量は減ったわけであるが、体重もサイズも以前と同じままであったりする。1日平均睡眠時間4-5時間、これでもすこぶるパワフルなのは今の食生活のおかげであると思う。
@文中の写真、動画は台灣動物社會研究會 Environment & Animal Society of Taiwan (EAST)の新聞稿より引用。
「はっちゅうアルバム」
このまま終わろうかとも思ったけども、
やっぱりそれではどんよりだわね。
ましてや週中水曜日・・・・
駆けるボク
L M S SS 大集合
人はみんなやさしいと思っている ちょっと疲れ気味なはっちゅうくん
だうとは対照的な・・・・・あ・・・・・・
そんなだうとひょこりはっちゅうくん
小黄と
親子像
翔る翔るはっちゅうくん・・・・・・
今日の六福動物指数
犬 9匹
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by jyujyu777
| 2008-04-16 05:14
| おかんのつぶやき